誤った専門性を結婚式で叩き直してもらった
プロフェッショナルとは知識や技術ではない。そう気づいたのは、結婚式の打ち合わせで「悪い専門家」と「良い専門家」の両方を体験したからでした。
私はこれまで、自分の詳しくない領域で高価な買い物をしたことがありませんでした。
高額な買い物といえば、ゲームやPC、周辺機器など、趣味や仕事に関わるもの、つまり自分が関心のある領域だけ。商品の良し悪しは自分で判断できるし、家電量販店で店頭スタッフに声をかけられるのを鬱陶しいとすら思っていました。
しかし婚約指輪を買う時、結婚式の計画を進める時に初めて、何を基準に判断すればいいのか全くわからず専門家に頼るという状態を経験しました。そして、顧客が私に仕事を依頼する時の気持ちを、ようやく理解したのです。
過去の私:専門家としての傲慢さ
私は科学研究とAIの掛け算領域で活動しています。論文を解析するAI、仮説を生成するAI、学内手続きに答えてくれるAIなどを開発しています。
この気づきを得るまで、私は顧客の態度に不満を持つことがありました。
彼らは決して安くない費用を支払って私に依頼します。しかし、どういうものを作りたいかについて確たる意見を持っていなかったり、作ったAIを触って感想をもらいたいのになかなか触ってくれなかったり。なぜ多くのお金を払っているのにプロジェクトの成功に協力的ではないのか、と疑問に思っていました。
また、「発注するなら基本的な知識くらい仕入れてくればいいのに」と、打ち合わせで初歩的な解説をする際に思うこともありました。
そして私は、自分の土俵で専門用語を使って口早に説明し、「AとBどちらにしますか?」と顧客に選択を迫る。顧客が答えられないと、「決めるのはあなたです。決めるまで私たちは動けません」とさえ言っていました。
この記事では、そんな自分の態度を顧み、修正するに至った経緯を書きます。
気づきのきっかけ:私もクライアントと同じだった
さて、婚約指輪を買いに行った私はどうだったでしょうか。安くはない予算を胸に秘めているのです。入念に下調べをして赴いたでしょうか。
違いました。
インターネットで「婚約指輪 選び方」と調べ、アフィリエイトや業者の都合にまみれた知識を仕入れ、デパートに訪れては所在なげにキョロキョロ。なんと頼りない姿でしょう。
実は婚約指輪の購入は急遽決まったことでした。私はこれまでの人生で「こんな結婚式をしたい」「こんな指輪がいいな」という理想を持ったことがありませんでした。全く無知な領域(結婚指輪と婚約指輪の違いから学びました)で、期日が迫る中、安くない予算を執行しなくてはいけない。
なんということでしょう。私のクライアントと全く同じ状況です。
様々な店舗を訪れましたが、「うちのダイヤは世界一」「4Cというのがあって……」などとセールストークを聞かされても、全く購買意欲を刺激されませんでした。なるほど、彼らは知識が豊富です。興味本位に「ふむふむ」とはなりますが、家に帰る頃には何が世界一だったのか覚えていません。
これは、私がこれまでクライアントに対して行っていたコミュニケーションそのものでした。
悪いプロフェッショナル:引き出物担当の例
結婚式でも同様の経験をしました。
結婚式の準備は長丁場です。私の場合、婚約指輪の購入から結婚式当日まで約1年4ヶ月。その間、衣装、会場装飾、引き出物、司会、映像、音響、照明、写真……それぞれに担当がつき、何度も打ち合わせを重ねます。

議事録とタスクはNotionで管理していた
その中で私は「良いプロフェッショナル」と「悪いプロフェッショナル」を体験し、自分がこれまで発揮していたのは「悪い」方だったと自覚しました。
まず前提として、私は結婚式というものに理想もこだわりも持っていませんでした。正直なところ、やらなくて済むなら家具を一新することにお金を使いたい。しかし妻にとっては重要なイベントなので、彼女を喜ばせるためにコミットしようという立ち位置でした。友人の結婚式に参加しても同窓会程度にしか思っておらず、テーブルの花や招待状、衣装に注目したことはありませんでした(お色直しで衣装を変えていることも認識していませんでした)。
「悪いプロフェッショナル」を感じたのは引き出物の打ち合わせでした。
こちらは引き出物と引き菓子の違いすらわかっていません。ただでさえわからない専門用語が飛び交う中、挨拶もそこそこに、説明なのか確認なのかわからない打ち合わせがスタートしました。
当時のメモにはこう書いてあります。
「情報が構造化されず散発的に伝えられるので、結局今何の話をしているのか、何を決めなきゃいけないのかがわからず、逐一確認する必要があった。アジェンダも『○○のお話』と漠然としていて、資料を見せてもらう時間なのか、決定するための時間なのかがわからず、『で、何すれば?』となった」
非常にストレスフルでした。
しかし、担当者の気持ちは痛いほどわかります。私が顧客に感じていたことと同じことを思っていたのでしょう。つまり、自分にとっては飽きるほど繰り返し説明してきたことであり、もはや当たり前の常識。それを一から説明することなど想定になく、質問されたら「そこから?」とさえ思っていたことでしょう。
私はその担当者とのやりとりで、初めて自分を客観視できました。
良いプロフェッショナル:会場装飾担当の例
対照的に、会場装飾の担当者には素晴らしいプロフェッショナリズムを感じました。帰り道も家に帰ってからも、妻と何度も「あの人は本当にすごかった」と称賛したものです。
彼女の何が優れていたのか。決してこちらの全く知らないお花のうんちくを話してくれたからではありません。
まず、打ち合わせの初めに前回何を決めたかを説明してくれた こと。そしてここまでで決まったことを写真で見せながら確認してくれました。そうです、顧客は打ち合わせの前に前回の内容を振り返って臨んだりしません。
もう一つ優れていた点は、選択肢を絞ってくれた ことです。
会場装飾では花の種類・量、花瓶の種類、テーブルクロスなど、様々な選択の連続です。組み合わせは無限にあります。
彼女のコミュニケーションが鮮やかだったのは、まず私たちの意向を確認してくれたからでしょう。「華やかにしたいですか、それとも落ち着いた雰囲気にしたいですか」とわかりやすい言葉で聞いてくれ、「それであればこんなのはいかがでしょうか」と何パターンか出してくれる。そこまで絞られていれば、素人でも判断がしやすいです。
私たちの反応(「花瓶はA案がいいけど、B案の花も素敵」)を見てアレンジ(「A案をベースに、B案の花を取り入れつつ調整するとこんな感じですが、いかがですか」)。
彼女のコミュニケーションで、知識や技術それ自体をひけらかすことは一切ありませんでした。私たちが深掘りして聞いた時に初めて、それは出てくるものでした。
プロフェッショナルとは何か
私はこの経験を通じて、「プロフェッショナルとは知識であり技術である」という誤った価値観を抱いていたことに気づきました。
顧客は現状と理想の間にギャップがあり、それを阻むのが課題です。課題を解決するのが解決策であり、解決策は無数に存在します。
私が今重視しているのは、発注前の段階で現状と理想、課題をクリアにし、目線を揃えること です。
顧客が相談に来る際、大体「理想」と「解決策」の話が多くなります。例えば「組織の情報をあまねく利用できるようにしたいからRAGを作ってほしい」といった具合です。しかし私はこの時点で顧客の解決策を鵜呑みにせず、現状と課題、その原因を明らかにします。現状、理想、課題、原因、これらが明らかになって初めて解決策を複数挙げることができ、比較検討できます。
最近は、発注前の段階でここまで整理することこそが自分の専門性であり、価値だと考えています。
生成AI時代に求められる専門家像
生成AIは、システム開発という領域で「開発それ自体」を陳腐化させました。
ソフトウェアエンジニアリングは敷居が高く、我々は多少社会性が欠けていようが、技術力をもって重宝されてきました 。しかし、生成AIが技術力の平準化をとてつもない勢いで進めています。まだまだ足りない部分はありますが、それも時間の問題だと肌で感じています。
この時代において、「要件を決めてくれなければ動けません」という態度は致命的です。なぜなら、要件さえ決まればAIが実装してくれる時代 だからです。
では、もう我々は必要ないのでしょうか。
私はそうは思いません。
先述の通り、顧客は「理想」と「解決策」に目が行きがちです。今の生成AIは「これこれこういう理由でRAGシステムを作ってくれ」と言えば、それなりのものを作るでしょう。しかし、現状と課題を正確に認識せず、不適切な解決策を選択した先に問題の解決はありません 。
私自身、「その先は行き止まりですよ」というケースをいくつも見てきました。
顧客の言葉を整理し、「これで良いですか」と問うて初めて、「やっぱりそうではない」「こっちにも原因や制約がある」と情報が出てくることがあります。前提を覆し、時には顧客の言葉を疑うことを通じて、情報を整理する。
そういったことが、生成AI時代に求められる専門家の役割だと考えています。そして、そこまでやれば仕事は半分終わったようなもの です。
私の変化:認知負荷を下げる
プロジェクトが始まってからは、毎回ゴールと方針を確認し、前回の打ち合わせの内容、これまでの合意内容をくどいくらいに確認するようにしています。
以前の私は、実装したプログラムの内容や参考にした論文の解説を、打ち合わせで並べ立てていました。しかし、同期的な打ち合わせで一方的に話すことは時間がもったいない。
現在は、私たちの進捗に対して顧客が違和感を覚えていないか、認識はズレていないか、そもそも顧客の状況が変わっていないか、そういうことを確認する時間にしています。
論文や実装の詳細については、質問されれば即座に答えられる状態にしています。決して蔑ろにしているわけではありません。しかし、顧客にとって重要なのは、選択した解決策で課題が解消され、現状からいかに理想に近づくかです。
質問に対して近しい論文や事例を簡潔に引用することは、専門性の深みを実感してもらえることです。しかし、聞かれてもいないのに細かい話をするのは悪手です。特に生成AI時代、長々と要約されていない文章を送りつけるのは最悪の所業でしょう。
私は顧客の認知負荷を可能な限り下げ、本当に考えなくてはいけないこと (例えばどんな状態が理想か、実際に使うシーンはどうか、など顧客でないと答えられないこと )に集中してもらうことが、プロジェクトを成功に導く上で重要だと考えています。
おわりに
以上が、婚約指輪の購入と結婚式の企画を通じて、私のプロフェッショナル観が変わった経験です。
私自身、興味の近い人とばかり接していたことで、専門家同士のコミュニケーションに慣れきっていたことに気づきました。そしてそれが非専門家にとってどれだけ冷酷な態度であったかを、初めて認識しました。
人は皆、自分の専門領域を出れば非専門家です。
もしあなたが専門家であることを自負しており、かつ非専門領域で大きな買い物をしたことがないなら、結婚式はそれを学ぶ絶好の機会でしょう。