事実は空想よりもディストピア
シビュラシステム──脳247体が編む“巨大な頭脳”
アニメ『PSYCHO-PASS』のシビュラシステムは、247体の人間の脳をユニット化し、そのうち常時およそ200体を並列接続して社会全体の犯罪係数を診断する装置です。地下に隠された“集合頭脳”が国家を統治するさまは、まさに絵に描いたようなディストピアでした。
「人間の脳はいらない、肉体を寄越せ」
ところが今日、生成AIは思考や計画立案を驚く速度で肩代わりしつつあります。対照的にロボット技術――AI が物理世界で働く“手足”――はコスト・精度ともまだ十分ではありません。そこで生まれたのが「AI が考え、人間が動く」という暫定分業です。
OpenAI が2025年1月に発表したブラウザ操作エージェント Operator は、その象徴的な例でしょう。Operator はウェブ上でフォーム入力や通販購入を自動実行しますが、実際の配達や運転は宅配スタッフやドライバーなど、人間が請け負います。利用者からは「AI が全部やったように見える」一方、舞台裏では AI に指示された人間の手足が動く――まさに“人間の脳はいらない、肉体を寄越せ”という構図です。
AIロボット駆動科学の谷とOpenAI Operatorに見るコロンブスの卵
私は AIロボット駆動科学 という、AI とロボットを組み合わせて科学を自動化する分野に携わっています。AI が先行研究をもとに仮説と実験計画を立て、ロボットが実験し、AIが実験結果を解釈し再度仮説を立てる、……という科学研究の自動化を夢見る人が集まる分野です。私自身は獣医学科にいたこ経験から、特にライフサイエンスなどの実験科学領域の研究自動化に関心があります。
しかし近年のAI分野の躍進に対してロボット分野の発展が追いついていないと思うことがあります。Sakana AIが発表したThe AI Scientistは機械学習領域で研究自動化を実現し、v2では国際カンファレンスのワークショップに採択されるまでのレベルに到達しました。これは機械学習領域の実験(コードの生成と実行)がサイバー空間で完結するからできたことです。
一方でライフサイエンスなどの実験科学は物理空間で実験を行う必要があります。そして物理空間で柔軟に実験を行えるロボットシステムはまだ存在していません。そのため、Sakana AIの「The AI Scientist」という標榜を冷ややかな目で見るライフサイエンス研究者もいます。私自身、実験科学における研究自動化の実現にはロボット技術の発展が不可欠であり、まだまだ時間がかかりそうだと思っていました。
そんな折に Operator の「買い物も運転も、人間にやらせればいいじゃないか」という割り切りには思わず笑ってしまいました。AI がブラウザ越しに指示を投げ、最終的な物理作業は既存の人間インフラに委ねる――まったく逆転の発想です。
「ロボットで実現できないなら、人間をロボットとして動かせばいい」と言わんばかりの発想に、私は正直 “目から鱗” でした。
シビュラよりも残酷な未来図
シビュラは「人間の脳を機械として利用する」世界でしたが、現実の AI 社会は 「脳は要らない。AI の指示に従う手足だけでいい」 という、よりドライで効率的なディストピアが実現されつつあるようです。
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AI が思考・意思決定を独占
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ロボットが不足する領域は人間労働力で穴埋め
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ユーザーの視界には“完全自動”しか映らない
シビュラの地下施設より、明るいオフィスや倉庫の中で AI のジョブリストをこなす現代の私たちの方が、よほどディストピア的なのかもしれません。
おわりに
研究自動化を目指す私にとって、Operator は “ロボット未完成時代の応急処置” を見せつけるツールでした。理想の全自動ラボが来るまで、人間が AI のアウトソーシング先として働く時代が続くでしょう。「ディストピア」なんて表現をしましたが、極めて合理的です。
AIロボット駆動科学なんて表現を掲げているとどうしても全自動を目指してしまいがちですが、全体のコストパフォーマンスや実現性を加味して人間がやった方が良い部分は人間に任せると言う割り切りを選択肢として得られました。
この応急処置が恒常化しないよう、努力することとセットで、考え方をアップデートすることとします。
参考
ちょうど「Human as a Service」や「人間をMCPツールとして利用する」なんてブログ記事を見たタイミングだったのでこんな発想になってしまいました。