マウスの系統表現① 近交系、亜系統、ラボコード

論文から動物実験の情報抽出を行なっています。今回は実験動物に関する記述の抽出に挑戦します。

もっともメジャーなマウスの系統についてまとめました。

 

動物実験

個人の所感ですが、がんや免疫系の論文をザーッと漁った時、やっぱり一番多く使われてる実験動物はマウスかなと思います。

たまにラットが出てきておっと思うくらいです。

 

中枢神経系の研究で霊長類を使ってる知人がいました。

ブタは臓器の大きさがヒトに近いという利点があると聞いたこともあります。

 

以前は皮膚に対する毒性試験としてウサギがよく使われていたようですが、最近はどうなのでしょう。

欧州を皮切りに化粧品会社が毒性試験に動物を用いなくなっていることから減少傾向にあるのではないかと思いますが、データがあるわけではないので個人の感想程度に受け取ってください。

 

ともあれ、私が現在メインで扱っているがんの論文ではマウスが圧倒的に多いので今回はマウスについて調べます。

 

実験用マウスの系統

種々の実験用マウスは概ねハツカネズミ(Mus musculus)に由来します。

それぞれ遺伝型、表現型が異なるので実験に適した系統のマウスを選択する必要があります。

 

遺伝的特徴の維持の仕方にはいくつかの手法が存在します(一部訳語不明)。

正確さを欠くのを承知で大きく4つに分けます。

  • 近交系
    • 兄妹交配を20回以上繰り返し、遺伝的にほぼ同一(クローンと言える)
  • 近交系を掛け合わせた系統
    • 近交系を2つ以上掛け合わせて生まれた系統
  • コアイソジェニック、コンジェニック
    • 近交系の一部の遺伝子が変異した系統
  • 非近交系、クローズドコロニー
    • 近交系ほど遺伝的に固定されていない系統

 

もっと細かく分けるとこうなります。

  • 近交系および交雑仔
    • 近交系(Inbred Strains)
    • 亜系統(Substrains)
    • 交雑仔(Hybrids)
  • 複数の近交系を掛け合わせた系統
    • リコンビナント近交系(Recombinant Inbred Strains)
    • Collaborative Cross Strains
    • ミックス系統(Mixed Inbred Strains)
    • リコンビナントコンジェニック系統(Recombinant Congenic Strains)
    • AIL系統(Advanced Intercross Lines)
  • コアイソジェニック、コンジェニックなど
    • コアイソジェニック系統(Coisogenic Strains)
    • コンジェニック系統(Congenic Strains)
    • Chromosome Substitution or Consomic Strains
    • セグリゲイティング近交系(Segregating Inbred Strains)
    • コンプラスティック系統(Conplastic Strains)
  • 非近交系、クローズドコロニー
    • 非近交系(Outbreds)
    • クローズドコロニー(Closed Colonies)

 

詳しい定義は以下のページを参考にしてください。



以下では文字表現という観点で若干分類を変えてまとめます。

 

系統表現①基本形

近交系(Inbred Strains)、亜系統(Substrains)

系統の記述でベースになるのは近交系、亜系統の表現です。

まず近交系や亜系統はそのまま自身を示す表現で記述します。

  • C57BL(近交系)
  • C57BL/6(亜系統)
  • C57BL/10(亜系統)

C57BLには10種の亜系統が存在します。亜系統は近交系の後ろにスラッシュを入れて区分されます。

ただし、BALB/cは亜近系統ではなく、スラッシュ込みで近交系であるなど例外があります。

 

Mouse Genome Informatiocsで主要なマウスの近交系が確認できます。

出展: Inbred Strains | MGI

426種類ありました。

 

さらに個別ページでは亜系統も確認できます。

出展: Inbred Strains of Mice: C57BL | MGI

426種の近交系に対して、90種の亜系統が記載されていました。

 

また近交系には略号が存在する。これは後述の交雑仔の表現などに用いられる。

出展: Guidelines for Nomenclature of Mouse and Rat Strains | MGI

 

ラボコード(Lab Code)

さて、さらに後ろにラボコードが追記されることがあります。

これは同一の近交系であっても、別の研究室で維持され続ければ突然変異により意図せぬ遺伝子が定着しているかもしれないからです。

ラボコードは頭文字を大文字、それ以降を小文字で表現する1文字以上の文字列(通常3, 4文字)です。

ジャクソン研究所「J」、京都大学は「Kyo」と表現します。

  • C57BL/6J(亜系統+ラボコード)

ラボコードはIinstitute for Laboratory Animal Researchで管理されていて、検索が可能です(数千から数万ありそうです)。

正直J以外あまり意識したことがありません。

 

ここまでの近交系、亜系統、ラボコードはマウスの素性の詳細度とも言えます。

日本人>関西人>大阪人みたいな感じ(遺伝的な話は無視して)

ややこしいのはMGIが公開するOfficial Strain Nomenclature(4万弱のリスト)では各詳細度ひっくるめてinbred strainとされている点です。

 

出展: Official Strain Nomenclature | MGI

つまり、日本人も関西人もひっくるめて人種とされている状況。

なお、このリストには3182のinbred strain(繰り返しですが、近交系単体からラボコードが付与されたものを含む)が記載されていました。

 

MGIのInbred Strainsから近交系と亜系統を一旦まとめました。

便宜的にここまでを基本の形とします。

 

非近交系、クローズドコロニー

リストが見つからないので割愛。

 

系統表現②組み合わせ

次に①の基本形を組み合わせて表現されるものに触れます。

 

交雑仔(Hybrids)

2つの近交系を掛け合わせたマウス。両親の近交系の略号を用いて表現される。

表記の仕方は「(母の略号)(父の略号)(掛け合わせた世代)」とします。

  • D2B6F1

は母がDBA/2(D2)、父がC57BL/6(B6)で掛け合わせた雑種第一代(F1)。

ここで生まれた兄弟を掛け合わせてればF2世代となって、以下のように表現されます。

  • D2B6F2

 

ここで使われるマウスの略号についてはリストの有無が不明。以下で示される例以上の情報が見つかっていません。

 

リコンビナント近交系(Recombinant Inbred Strain)

交雑仔を20世代以上兄妹交配したものです。

「(母の略号)X(父の略号)」で表現します。略号は1, 2文字の大文字が使われます。

母がC(BALB/c)、父がB(C57BL/6J)の場合、以下のように記述します。

  • CXB

(C57BL/6Jの略号はB6JなのにBで良いのか疑問が残ります)

 

おまけ

次回は遺伝子の表記が絡む系統について以下のページを参考にまとめます。

 

ここまで勉強して色々わかったことがあります。

前回ざーっとがんの論文をアノテーションしてみたら、マウスの種類の記述はこんなものが見つかりました。

  • BALB/c
  • SCID
  • NOD/SCID
  • nu/nu
  • nude
  • CD1 nude
  • NCr nude

 

これを分類すると以下のようになりました。

近交系、非近交系は単体で成立し得ます。これらに遺伝的変異が起きた場合下記の記述が付記されていたようです。

  • 近交系
    • BALB/c
    • NOD
  • 非近交系
    • CD1(CD-1 IGSの略)

 

  •  遺伝的変異
    • nude(nu/nu):Foxn1欠損(T細胞が発現しない)
    • SCID:Prkdc欠損(T、B細胞が発現しない)

ややこし。

今回、近交系をメインにまとめましたが、実際の論文ではこのように一般名で書かれたりするので全然対応できないんですよね。ぐぬぬ。

論文100本ぐらいから使われているマウスを洗い出して、リスト化しちゃうのが早いんでしょうが。

近交系は良いとして、遺伝的変異とかは流行り廃りがありそうで怖いです。

 

今回特にややこしかったのが免疫不全マウスの表記。

nude、SCID、NODあたりは並列で表記されますが、実は系統で考えた時そもそもの分類が違います。

近交系はNODのみでnudeとSCIDは遺伝子の欠損です。

これがややこしさの原因。

だから本当は「NOD/SCID」は「NOD.CB17-Prkdc<scid>」というcongenicとして表現しなくてはいけない、という落ちでした。

ややこし。

というか一般名で書くのはいいとして、NOD/SCIDとスラッシュで区切るのはギルティですね。

出展: 重度複合免疫不全マウス NOD-SCID

 

nude, SCID, NODあたりは以下の論文を参考にしました。

出展: 高度免疫不全マウスの開発と医学生命科学研究への活用

 

nudeマウスにもいろいろ種類がいて、そのうちの一種のNCr nudeを単にNCrと書いたりする。ややこしい。。。

出展: Animal Models for Research | Taconic Biosciences

 

参考

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